モグラ男のさがしもの

 

また今夜も、駅からの長い坂道を揺れる明かりがゆっくりと上ってきます。
その男はいつも右手に懐中電灯を持ち、足もとを照らしながら、ゆっくり、ゆっくりと駅からの長い上り坂を歩いてくるのです。夏には首にタオルを巻いて、冬にはコートの襟を立てて。周りには街灯やお店の明かりも漏れていて決して真っ暗なわけではないのに一体何を探しているというのでしょう?


「ねえねえ、おじさん・・・」と子どもたち。
「だめですよ。話しかけては!」
お母さんが子どもの手を引き、慌てて逃げるように遠くへ駆け出しました。
「気持ち悪い人」
「頭がおかしいのかも」
懐中電灯を片時も離そうとしないその男は、いつしか「モグラ男」と呼ばれるようになり、町中の人たちから怖がられていました。
「あの男に近づいてはいけないよ」
町中の大人たちは子どもたちに、そう言い聞かせ、少年たちはモグラ男を最初は怖がっていましたが、やがてからかい始めました。
「やあい、モグラ男、あっちへ行け」
少年たちが小石を投げたり水をかけたりしても、男は決して怒ることなく、いつものように前を照らしながら、ふらふらとゆっくり坂を歩いていきます。夏の暑い夜も、冬の凍てつく夜も・・・背中をまるめ、ただうつむいて、誰とも話さず、遠い目をして・・・。


「ねぇ、何を探しているの?」
ある雪のちらつく夜に一人の少女がモグラ男に声をかけました。
「よかったら私が一緒に探してあげようか?」
いつもなら決して振り向かないモグラ男なのに、この時ばかりは、その少女のあまりに澄んだ声の美しさに立ち止まり、思わず振り向いてしまいました。
「あ、あの・・」
でもモグラ男はずっと永い間、誰とも話さなかったので、うまく言葉が出てきません。
「大丈夫だよ、おじさん。私も喋るの苦手だし、大事なことすぐに忘れちゃうんだ」 
少女は恥ずかしそうに首を傾げて笑いました。
その笑顔を見たとき、何だか男は懐かしくてあたたかな気持ちになりました。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
モグラ男の声は見た目とは違って、とても丸く優しい響きをしていました。おそらくこの町でモグラ男の声を聞いたのは、この少女が初めてだったに違いありません。

それから毎日、モグラ男と少女は並んで坂道を歩き、少しずつ少しずつ、いろいろな話をするようになりました。
「おい、あいつ、ブツブツとひとり言を呟いてるよ!」
「いったい誰と喋っているんだ?」
通り過ぎる町の人たちはますます気持ち悪がって逃げていましたが、少女はそんなこと全然気にしていない様子でした。

「どこに住んでいるの?」
モグラ男がたずねると、少女は黙って坂の上の方を指さしました。
「ママと一緒に暮らしているの」
「パパは?」
「・・・遠く離れた街で暮らしているんだ」
淋しげな少女の表情に気付くと、モグラ男は少女の肩にそっと手を乗せ「元気を出して」と慰めました。
そしてゆっくりと、これまで誰にも話さなかった自分のことを話し始めました。

モグラ男は隣の町でカノンちゃんという女の子と親子仲良く暮らしていました。でもある日、子どもが病気になってしまった。それは三年前に亡くなったカノンちゃんのママと同じ病気だった。何度もお医者さんを変わって、お金を作るために朝も夜も働いて…でも結局、死んでしまった。それから悲しくて、ずっと泣いてばかりいた。独りぼっちになって淋しくて、何をしても自分はだめな人間で…そう思うと目の前が真っ暗になり、やがて光が感じられなくなったのだ、と。

「いつもね・・・」
少女は一生懸命何かを考えているそぶりをした後で、ジっとモグラ男の顔をのぞき込みました。
「いつもクリスマスになるとパパサンタからお手紙がくるんだ。大好きって書いてある。たとえ会えなくても心が通じていれば淋しくないんだ。カノンちゃんもきっと同じだよ」
モグラ男は胸がいっぱいになってしばらく黙っていました。
「パパが言ってたよ。願いは叶うって」
少女はダッフルコートのポケットから小さなオルゴールを取りだしました。
「オルゴールでお星さまにお祈りするの」
小さな手でネジを回し、手を放した瞬間にあふれだしたキラキラとした音色は、たちまち星になって夜空へ昇っていきます。
モグラ男は、その懐かしく澄んだ音色の行方を追って夜空を見上げました。そこには満天の星。
「こんなに明るかったんだ」
いつもうつむいてばかりいたモグラ男はすっかり忘れていたのです。空を見上げればいつだって光が輝いていたことを。
二人はしばらくの間、夜空を見上げたまま立ち尽くしていました。

 


やがて少女が口を開きました。
「お星さまを見上げるのに懐中電灯はいらないの」
その言葉はモグラ男の心に深く響きました。それは心の中に灯る一本のろうそくのようにほのかに、モグラ男のまわりをあたたかく包んでくれたのです。
男は家に帰り、窓の向こうの星空を眺めながらボンヤリと考えていました。相変わらず雪はしんしんと降り積もっています。そして明日はクリスマスイブ。少女のパパサンタは今ごろきっと、少女のために手紙を書いていることでしょう。

翌日、男は、いつものように駅へと続く坂道へ行きました。でも夕暮れのいつもの時間を過ぎても少女の姿はありませんでした。
風邪でもひいたのかな?…パパサンタの手紙は無事着いたのかな?…男は両手をポケットの中で温めたまま長い間、少女を待ち続けました。街にはクリスマスキャロルが流れ、横断歩道の向こう側とこちら側とで待ち合わせの人たちが楽しげに手をふり合っています。
やがて男は何度も何度も坂道を上ったり下りたりして少女を探しました。

「ねえねえ、」とどこからか声がしました。
「懐中電灯はどうしたの?」

少女の声でした。
そういえば…少女に会いたい一心で、懐中電灯のことなどすっかり忘れていたのです。
「もう誰もモグラ男なんて言わないよ」

 


足もとには小さな花が咲いていました。そこに花が咲いていたことに気づいたのは初めてでした。
ふと空を見上げると小さな星が二つ瞬くのが見えました。
「パパ、ハッピークリスマス!」

・・・・・・・

男はやっと気づきました。
どうして、あの少女は自分にとって懐かしかったのか。心が開けたのか。
それは、 うつむいてばかりで決して空を見上げようとしないお父さんを心配したカノンちゃんが、ほんの短い時間、地上に降りてきた姿だったからでした。
「星に願いを」のオルゴールは、かつて男がカノンちゃんにプレゼントした贈り物だったのです。


男は涙をぬぐうと、急いで家に向かって駆け出しました。
そう、今夜はクリスマスイブ。きっとまだ間に合うでしょう。
空に輝く星になったカノンとママに、「大好き。ありがとう」と手紙を書くために。

 


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